SNSや匿名掲示板に職場・勤務先で見聞きした不正を書き込むと、「匿名だから身元までは分からないだろう」と考えがちです。しかし、匿名アカウントであっても、投稿内容そのものから周囲の人に推測されたり、一定の要件を満たせば法的な発信者情報開示手続が利用されたりする可能性があります。
一方で、「匿名コメントを書いた人が特定される確率は何%か」という信頼できる一律の統計はありません。投稿を見る人数、不正の重大性、相手が受ける影響、投稿に含まれる情報、権利侵害の有無などによって事情が大きく異なるからです。
また、投稿者を探すのは「個人的に恨みのある人」「暇な人」だけとは限りません。企業や個人が信用・名誉への影響を問題視して弁護士へ相談する場合や、組織内部で情報漏えいの経路を調査する場合も考えられます。不正を本当に告発したいのであれば、SNSへ書くことと正式な公益通報は分けて考えることが重要です。
匿名コメントから特定される確率を一律に出すことはできない
まず、「匿名で不正を書いたら何%の確率で特定される」という数字を示すことはできません。SNS全体について、匿名投稿者のうち何%が第三者から特定を試みられ、何%が実際に特定されたのかという公的な統計があるわけではないためです。
「ほとんど特定されない」「○%くらい」といった数字を根拠なく示すと、匿名投稿の安全性を誤って判断する原因になります。実際のリスクは投稿ごとに異なります。
例えば、全国に数万人いる職種について一般論を書いただけの投稿と、「○月○日の夜勤で、自分と上司しか知らない出来事」を具体的に書いた投稿では、同じ匿名アカウントでも周囲から投稿者を推測される可能性は大きく異なります。
匿名でも「投稿内容」から知人に気付かれることがある
SNS上で本名を表示していなくても、文章に含まれる情報を組み合わせることで、勤務先の同僚などが「これを書いたのはあの人ではないか」と推測することがあります。
例えば職種、勤務地域、部署、勤務時間、出来事の日付、役職、人数、内部でしか使わない言葉などを書けば、それぞれ単独では匿名でも、組み合わせによって対象が狭くなる場合があります。
特に「この出来事を知っているのは5人しかいない」といった内部情報の場合、SNS上の一般ユーザーには投稿者が分からなくても、職場内部の人には候補者がかなり限定されることがあります。匿名性は「名前を書かなければ必ず守られる」という単純なものではありません。
特定しようとするのは「暇な人」だけではない
匿名投稿者を探す人について、「恨みがある人か、時間が余っている人くらいでは」と考えるのは危険です。内容によっては、投稿された企業・団体・個人自身が対応することがあります。
例えば実名の会社について「この会社では○○という不正をしている」と書き、それによって名誉や信用などの権利が侵害されたと相手が考えれば、投稿の削除や発信者情報の開示について弁護士へ相談することも考えられます。投稿者探しを個人が趣味で行うケースとは性質が異なります。
また、顧客情報や営業秘密など内部情報がSNSへ出たケースでは、組織として情報管理上の問題を調査する可能性もあります。したがって「相手が暇でなければ調べないだろう」という前提で投稿の安全性を判断すべきではありません。
SNSの匿名投稿には発信者情報開示の法的手続がある
日本には、インターネット上の匿名投稿について一定の要件を満たした場合に発信者情報の開示を求める制度があります。東京地方裁判所も、SNSなどのインターネット上の投稿によって自己の権利を害されたとする人が、一定の要件のもとでSNS等の運営事業者などに発信者の氏名・住所等の開示を求める「発信者情報開示命令」の手続を案内しています。[参照] 東京地方裁判所「発信者情報開示命令申立て」
つまり、SNSのプロフィールに本名を書いていないことと、法的にも絶対に身元が判明しないことは同じではありません。ただし、相手が希望すれば無条件で開示される制度でもなく、権利侵害など法律上の要件について判断されます。
「匿名アカウントだから安全」「VPNなどを使えば絶対に特定できない」といったネット上の断定を前提に行動するのは避けるべきです。特定を回避する技術を探すより、公開して問題のない情報なのか、そもそもSNSが適切な通報先なのかを考える方が重要です。
「事実を書いただけ」でも必ずトラブルにならないとは限らない
職場で実際に不正があったとしても、「本当のことならSNSに何を書いても問題ない」と単純に考えることはできません。投稿の内容や表現、対象者を特定できるか、公益性など個別事情によって法的評価は変わります。
さらに、書き込んだ人が真実だと思っていても、後から一部の事実関係が違っていたと判明する場合があります。「Aさんが横領している」と個人を断定する投稿と、「会計処理について疑問があり、正式な窓口へ確認を求めた」という話では性質が大きく違います。
不正について証拠や具体的事情があるなら、不特定多数へ先に公開するのではなく、後述する内部通報窓口や権限を持つ行政機関など、内容に適した正式な窓口を検討することが重要です。
職業上の不正を告発するなら公益通報者保護制度を確認する
勤務先の法令違反について伝えたい場合、日本には公益通報者保護制度があります。消費者庁によると、公益通報の通報先には勤務先の内部通報窓口・上司など、権限を持つ行政機関、一定の要件を満たす報道機関などがあり、通報先によって保護されるための条件が異なります。[参照] 消費者庁「公益通報者保護制度」
重要なのは、SNSへ不特定多数に向けて書けば自動的に公益通報者として保護されるわけではないことです。消費者庁の資料では、報道機関など事業者外部への通報についても、法令上の保護を受けるには不正があると信じるに足りる相当な理由や、証拠隠滅のおそれなど一定の条件が定められています。[参照] 消費者庁「はじめての公益通報者保護法」
「世の中に知らせたい」という目的と、「不正を調査・是正してもらいたい」という目的は似ていますが、適切な方法は同じとは限りません。後者が目的なら、まず正式な通報ルートを確認する方が合理的です。
行政機関への通報という選択肢もある
不正の種類によっては、その法律を所管し、処分・勧告などの権限を持つ行政機関が通報先になります。消費者庁は、公益通報の内容に応じて通報・相談先となる行政機関を調べられる検索システムを公開しています。[参照] 消費者庁「公益通報の通報先・相談先 行政機関検索」
例えば労働関係、個人情報、食品表示などでは、不正の内容によって関係する法律や担当行政機関が異なります。何の法律に違反するのか分からない場合には、まず相談として問い合わせる方法もあります。
消費者庁のQ&Aでも、「相談」は行為が法令違反に該当するかなどについて行政機関へ助言を求めること、「通報」は具体的な事実を知らせることと整理されています。[参照] 消費者庁 公益通報Q&A
投稿前なら証拠を整理して専門窓口へ相談する方が安全
まだSNSへ投稿していないのであれば、「どうすれば特定されにくいか」を考えるより、不正の証拠や事実関係を整理することを優先した方がよいでしょう。
例えば「いつ・どこで・誰が・何をしたのか」「自分が直接確認したことと、人から聞いただけのことは何か」「客観的な資料があるか」を分けます。ただし、証拠を確保するためだからといって、不正アクセスをしたり、持ち出す権限のない機密情報を無断取得したりしてよいわけではありません。
会社の内部通報窓口、行政機関、労働問題なら労働関係の相談窓口、法的なリスクが心配なら弁護士など、問題に応じた相談先を選択します。重大な問題ほど、不特定多数へのSNS投稿より正式なルートを先に検討する価値があります。
すでに投稿していて不安な場合は追加投稿を重ねない
すでに匿名で書き込みをして「特定されるかもしれない」と不安になっている場合、焦って説明や反論を何度も投稿することはおすすめできません。追加投稿によって新しい情報を自分から公開し、かえって状況を複雑にする可能性があるからです。
特に勤務先、地域、年齢、勤務時間、部署、担当業務、出来事の日付など、投稿者を絞り込める情報を追加することは避けます。また、相手から反応が来ても、脅迫や侮辱などの応酬に発展させないことが大切です。
権利侵害を指摘する連絡、弁護士名義の通知、裁判所関係の書類などを受け取った場合は、ネット上の一般論だけで判断せず弁護士などへ相談してください。法的手続を装った詐欺もあり得るため、連絡先は書面に書かれた番号だけに頼らず、法律事務所や裁判所の公式情報から確認します。
「特定されるか」より「特定されても説明できる投稿か」で考える
SNSへの投稿で最も危険なのは、「たぶんバレない」という予測を安全基準にしてしまうことです。匿名性が保たれるかどうかは自分だけでは完全にコントロールできません。
より安全な判断基準は、「もし投稿者が自分だと分かったとしても、なぜその情報を公開したのか、内容の根拠は何かを説明できるか」です。不正を是正する目的であっても、必要以上に個人情報を晒したり、確認できない噂を付け加えたりする必要はありません。
そして、身元が明らかになることで職場からの報復などが心配な状況こそ、SNSの匿名性だけに頼るのではなく、公益通報者保護制度や専門家への相談を検討する意味があります。
まとめ:匿名投稿者を探す人の確率は出せない。職場の不正ならSNS以外の通報手段も検討する
SNSへ職業上の不正を書いた場合、「誰かが投稿者を特定しようとする確率」を客観的なパーセンテージで示すことはできません。投稿の影響、不正の重大性、対象となった個人・企業、権利侵害の可能性などによって大きく変わります。
また、投稿者を探すのは個人的な恨みを持つ人や暇な第三者だけではありません。企業や個人が法的対応を検討する場合もあり、一定の要件を満たすケースにはSNS等の匿名投稿について発信者情報開示を求める法的手続も存在します。
さらに、本当に職場の不正を是正することが目的なら、匿名SNSへの投稿が最も安全・効果的な方法とは限りません。内部通報窓口、権限を持つ行政機関など、公益通報者保護制度を踏まえた正式な通報先を検討することが重要です。
「匿名だから大丈夫」「わざわざ特定する人はいないだろう」と予測して投稿するのではなく、公開範囲と法的リスクを考え、必要なら正式な通報・相談制度を利用することが、本人を守りながら不正を伝えるうえで重要な考え方です。


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