VPNを利用すると、WebサイトやSNSから見える接続元IPアドレスが自宅回線のものではなくVPNサーバーのIPアドレスになるため、「VPNを使えば誰が投稿したか分からず、訴えられないのでは」と考えられることがあります。
しかし、VPNは匿名化を補助する技術ではあっても、利用者を法律上・技術上「絶対に特定できなくする装置」ではありません。実際の捜査や発信者特定では、IPアドレスだけでなく、サービス事業者が保有する記録、アカウント情報、端末に残った証拠、アクセス時刻など複数の情報が組み合わされます。
また、VPNを2個、3個と経由すれば必ず追跡不能になるわけでもありません。経由する事業者や国が増えるほど調査が難しくなることはありますが、国際捜査、事業者への法的な情報照会、サーバー押収などの対策も現実に行われています。この記事では、VPNと匿名性の関係、民事の発信者情報開示と刑事捜査の違い、今後の対策について整理します。
- VPNを使うと何が隠れ、何が隠れないのか
- VPNを通せば「訴えられない」というわけではない
- VPNが入ると発信者情報開示が難しくなることはある
- 「特定しづらい」と「犯罪をしても捕まらない」は全く違う
- 複数のVPNを通せば完全匿名になる?
- 2026年にも犯罪者向けVPNサービスが摘発されている
- なぜVPNそのものを禁止しないのか
- VPNはむしろセキュリティ対策として使われている
- IPアドレスだけで人を特定しているわけではない
- 同じアカウントを使えばVPNとは別の手掛かりが残る
- 決済情報などから捜査につながる場合もある
- 「ノーログVPN」なら完全に安全というわけでもない
- 海外VPNだと日本の警察は何もできない?
- 海外を経由すると捜査が難しくなるのは事実
- だからといって「犯罪やり放題」にはならない
- VPNの出口IPをサービス側がブロックする対策もある
- CAPTCHAや多要素認証も匿名利用への対策の一部
- 通信記録の保存にはプライバシーとのバランスがある
- 匿名化技術を弱体化させれば安全になるとも限らない
- 今後VPNへの対策は強化される?
- VPNを使っていても違法行為が合法になることはない
- 民事と刑事では「特定できなかった」の意味が違う
- 個人情報をネットにばらまかれた場合はどうする?
- VPNと匿名性についてよくある誤解
- まとめ:VPNは捜査を難しくすることはあっても「犯罪を無敵にする技術」ではない
VPNを使うと何が隠れ、何が隠れないのか
VPNは「Virtual Private Network」の略で、利用者の端末からVPNサーバーまでの通信経路を暗号化し、インターネット側にはVPNサーバーを経由してアクセスする仕組みです。
例えば自宅のインターネット回線から直接Webサイトへアクセスすると、そのWebサイト側には通常、自宅回線に割り当てられたグローバルIPアドレスが見えます。VPNを利用すると、Webサイト側から見えるIPアドレスは基本的にVPNサーバーのものになります。
ただし、VPNで変わるのは主として「相手サイトから見える通信経路」です。本人の名前、アカウント、端末、投稿内容、決済情報など、インターネット上に存在するあらゆる証拠が同時に消えるわけではありません。
VPNを通せば「訴えられない」というわけではない
民事上の発信者特定では、SNSなどに権利侵害となる投稿が行われた場合、一定の要件を満たせば発信者情報開示の手続きを利用できることがあります。
東京地方裁判所は、発信者情報開示命令について、SNSなどを運営するコンテンツプロバイダーに投稿時・ログイン時のIPアドレス等の開示を求め、さらにアクセスプロバイダー等へ氏名・住所などの開示を求められる制度であると案内しています。現在は「情報流通プラットフォーム対処法」に基づく制度です。[参照] 東京地方裁判所 発信者情報開示命令
VPNを利用すると、投稿先のサービスに残るIPアドレスがVPN事業者のものになるため、通常の家庭用インターネット回線から直接投稿したケースより発信者特定が難しくなることはあります。しかし、それだけで損害賠償請求などが法律上不可能になるわけではありません。
VPNが入ると発信者情報開示が難しくなることはある
一般的なケースでは、投稿先のSNSなどが記録したIPアドレスと通信日時を基に、そのIPアドレスを利用していた契約者を確認する流れが重要になります。
ところがVPN経由の場合、SNS側から確認できるIPアドレスはVPNサーバーのものです。そのため、そのVPN事業者がどのような記録を保持しているのか、事業者がどこの国に存在するのかなどによって特定の難易度が変わります。
事業者が必要なログを保有していなかったり、海外事業者で日本の手続だけでは情報を取得しにくかったりすると、民事上の特定が難航する場合があります。ここが「VPNだと特定できないことがある」といわれる理由の一つです。
「特定しづらい」と「犯罪をしても捕まらない」は全く違う
ネット上では、民事の発信者情報開示で相手を特定できなかった事例から、「VPNなら犯罪をしても特定されない」という結論に飛躍して語られることがあります。
しかし、民事訴訟で個人が行う発信者情報開示と、警察などが犯罪捜査として行う捜査は、利用できる制度や手段が同じではありません。
重大な犯罪であれば、警察は通信記録だけでなく、関係者への捜査、サーバーや端末の解析、アカウント情報、決済情報、通信時刻など複数の証拠を組み合わせて捜査します。VPNのIPアドレスだけを見て捜査が終了するわけではありません。
複数のVPNを通せば完全匿名になる?
複数のVPNサーバーを経由する、いわゆるマルチホップ構成を採用するサービスも存在します。経由地点が増えるため、通信経路の調査が複雑になる可能性はあります。
しかし、経由数を増やせば数学的に「絶対に身元を特定できない状態」になるわけではありません。それぞれの接続先、時刻、利用サービスなどに記録が残る可能性がありますし、VPN以外の部分から本人につながる証拠が見つかる場合もあります。
実際、欧州刑事警察機構Europolは、二重・三重・四重VPN接続をうたって犯罪者向けに利用されていた「DoubleVPN」のインフラを国際共同捜査で停止した事例を公表しています。複数VPNを売りにしたサービスであっても法執行機関の対策対象になっています。[参照] Europol DoubleVPN摘発
2026年にも犯罪者向けVPNサービスが摘発されている
VPNを利用した犯罪への対策が「何も行われていない」というわけでもありません。
Europolは2026年5月、ランサムウェア、データ窃取、大規模詐欺などに利用されていた「First VPN」のインフラを国際共同作戦で停止し、関連する33台のサーバーを無力化したと発表しました。[参照] Europol First VPN摘発
FBIも2026年6月、この作戦について、完全な匿名性を提供すると宣伝していたVPNサービスが多数のランサムウェア集団に悪用されていたと説明しています。[参照] FBI First VPNに関する発表
つまり、「VPNだから警察は手を出せない」という状態ではありません。犯罪インフラとして利用されるVPN自体が捜査対象となり、サーバーや運営者が摘発されることもあります。
なぜVPNそのものを禁止しないのか
VPNには犯罪以外の正当な用途が非常に多いためです。
企業では、社員が外出先や自宅から社内システムへ安全に接続するためにVPNが使われます。公衆Wi-Fi利用時の通信保護や、離れた拠点同士を安全につなぐためにも利用されます。
つまりVPNは包丁や自動車などと同様、用途そのものが違法な技術ではありません。一部の利用者が悪用するからという理由だけですべて禁止すると、企業活動や情報セキュリティにも大きな影響が出ます。
VPNはむしろセキュリティ対策として使われている
企業のリモートアクセスVPNでは、インターネット上をそのまま社内通信が流れるのを防ぎ、認証済みの利用者だけが内部ネットワークへ接続できるようにします。
また拠点間VPNを利用すれば、東京と大阪など物理的に離れたネットワークを暗号化して接続できます。
こうした正当な用途が社会に広く存在するため、「犯罪に使える可能性があるからVPNをなくす」という対策は現実的ではありません。
IPアドレスだけで人を特定しているわけではない
インターネット上の調査ではIPアドレスが重要な手掛かりですが、唯一の手掛かりではありません。
サービスによってはアカウント登録情報、ログイン記録、端末情報、Cookieなどさまざまな情報が存在します。また犯罪捜査では、被疑者が使用していた端末に残っているブラウザ履歴、アプリのデータ、ファイルなどが証拠になる可能性があります。
そのため、VPNを使って接続元IPアドレスを置き換えたとしても、それ以外の場所で本人につながる情報を残していれば特定へつながることがあります。
同じアカウントを使えばVPNとは別の手掛かりが残る
例えば、普段から本人が利用しているアカウントへログインした状態で何らかの投稿をすれば、そのアカウント自体が本人との関係を調べる重要な手掛かりになります。
VPNは通信経路を変える仕組みであり、アカウントに保存されたプロフィールや過去の利用履歴を書き換えるものではありません。
そのため「IPアドレスを隠した=インターネット上の本人情報もすべて消えた」という理解は誤りです。
決済情報などから捜査につながる場合もある
有料VPNを契約する際には、決済が発生するサービスがあります。サービスによって決済方法や保存情報は異なりますが、犯罪捜査では通信ログ以外の契約・決済関係資料が捜査対象になることがあります。
また、VPNだけではなく犯罪に利用されたオンラインサービス、サーバー、クラウドサービスなど複数の事業者に情報が存在することがあります。
したがって、VPN事業者が通信内容を記録していないことと、捜査に利用できる証拠が世界中のどこにも存在しないことは同じではありません。
「ノーログVPN」なら完全に安全というわけでもない
VPNサービスでは「ノーログ」を宣伝しているものがあります。一般には、利用者の接続・閲覧活動に関する一定の記録を保存しない方針を意味します。
しかし「ノーログ」という言葉はサービスごとに定義が異なります。通信先を保存しないという意味なのか、接続時刻も保存しないのか、アカウント情報まで何も保持しないのかは個別のプライバシーポリシーを確認する必要があります。
また、VPN事業者に情報が存在しなくても、投稿したSNS、メールサービス、クラウド、本人の端末など別の場所に証拠が残る可能性があります。
海外VPNだと日本の警察は何もできない?
サイバー犯罪は国境を越えるため、海外サービスが関係すると捜査に時間や手続が必要になることがあります。
しかし日本の警察も、外国捜査機関との国際協力を行っています。警察庁は、サイバー犯罪条約、刑事共助条約・協定、ICPOなどを活用して国境を越えたサイバー犯罪へ対応していると説明しています。[参照] 警察庁 国際連携の推進
また警察庁のサイバー特別捜査部は、海外からの攻撃など重大なサイバー事案について外国捜査機関等と連携して対処しています。[参照] 警察庁 サイバー特別捜査部
海外を経由すると捜査が難しくなるのは事実
ただし、海外VPNや複数国のサーバーを経由する犯罪捜査が簡単だという意味ではありません。
国によって法律が異なり、事業者から情報を得るまでに国際的な手続が必要になるケースがあります。また保存されていないデータを後から取り出すことはできません。
警察庁自身も、国境を越えたサイバー犯罪では国内捜査だけで犯人を特定できない場合があり、外国捜査機関との協力が必要になると説明しています。その意味では、VPNなどの匿名化技術が捜査を難しくすること自体は現実の課題です。
だからといって「犯罪やり放題」にはならない
犯罪者が匿名化技術を使うことと、完全匿名で犯罪が成立することは別です。
例えば個人情報を違法に公開する行為を考えても、投稿時の通信記録だけではなく、情報をどこから入手したのか、誰とやり取りしたのか、使用端末にデータが残っていないか、同じ人物による別のオンライン活動がないかなど、多数の捜査対象が生じる可能性があります。
一つの技術で通信元を隠していても、人間が行う行動全体から証拠が残るため、「VPNを何個か使えば何をしても絶対安全」という仕組みにはなっていません。
VPNの出口IPをサービス側がブロックする対策もある
Webサービス側もVPNやプロキシ経由の悪用に対して何も対策していないわけではありません。
不正利用が大量に行われているIPアドレスをブロックしたり、通常とは異なるログインに追加認証を要求したりする対策が使われることがあります。
ただしVPNには正当利用者も多いため、「VPNを使った人を全員利用禁止」にすると一般利用者まで巻き込む問題があります。そのため、多くのサービスではVPN利用の有無だけでなく、不審な行動を組み合わせて判断します。
CAPTCHAや多要素認証も匿名利用への対策の一部
ログイン時に画像認証やCAPTCHAが表示されたり、SMS・認証アプリによる追加認証を求められたりするのも、不正アクセスや大量の自動アクセスを防ぐための仕組みです。
VPNやプロキシからアクセスした場合、通常より厳しい認証が要求されるサービスもあります。
つまり対策は「VPN技術そのものを消す」のではなく、VPNを悪用した不正行為をサービス側で検知・抑制する方向でも進められています。
通信記録の保存にはプライバシーとのバランスがある
犯罪対策だけを考えれば、「世界中の通信をすべて永久保存すればよい」と考えることもできます。しかし、それでは一般利用者のプライバシーに極めて大きな影響が生じます。
法律による情報取得は、犯罪捜査の必要性だけでなく、通信の秘密や個人のプライバシーとのバランスを考えなければなりません。
Europolも、通信情報への法執行機関のアクセスについて、法的な許可、特定対象への限定、必要性・比例性、期間制限などを前提とする「Lawful Access」の考え方を示しています。[参照] Europol Lawful Access
匿名化技術を弱体化させれば安全になるとも限らない
暗号化やVPNを全面的に弱くすると、犯罪者だけではなく一般利用者や企業も攻撃者から通信を盗み見られやすくなる可能性があります。
特に企業秘密、オンラインバンキング、医療情報、業務データなど、社会では大量の重要情報が暗号化技術によって保護されています。
そのため今後の犯罪対策も、「暗号化やVPNをすべて禁止する」より、合法利用を保護しながら犯罪インフラを摘発し、国際的な証拠取得を改善する方向が中心になると考えられます。
今後VPNへの対策は強化される?
VPNそのものがなくなる可能性は低いと考えられますが、犯罪利用に対する対策は今後も継続・強化される可能性があります。
実際、2026年にも犯罪者向けVPNのサーバーが国際共同捜査で停止されており、日本の警察庁も2026年にサイバー戦略を改定し、国際連携や高度な解析への技術支援を推進しています。[参照] 警察庁 サイバー警察局
今後も事業者間の情報共有、国際捜査共助、サーバー押収、不正インフラの停止、アカウント側の不正検知など、複数の方向から対策が進むと考えるのが自然です。
VPNを使っていても違法行為が合法になることはない
VPNの利用自体は通常、正当なセキュリティ・プライバシー保護手段です。
しかしVPNを利用して名誉毀損、脅迫、不正アクセス、個人情報の違法公開などを行った場合、VPNを使ったという理由でその行為が合法になることはありません。
匿名性の高さは「法律が適用されるかどうか」ではなく、「誰が行ったかを証拠によって特定できるか」という捜査・立証上の問題です。
民事と刑事では「特定できなかった」の意味が違う
インターネット上で「VPNだから開示できなかった」という話を見る場合、それが民事の発信者情報開示なのか、刑事事件の捜査なのかを分けて考える必要があります。
個人が損害賠償請求のために行う民事手続では、費用や時間、取得可能な情報など現実的な制約があります。VPN事業者が海外にあり、必要な情報が取得できなければ途中で特定が困難になることもあり得ます。
一方、重大な犯罪事件では、警察が国内外の捜査機関と協力して異なる証拠を集める可能性があります。そのため民事で開示できなかった事例をそのまま「警察にも絶対分からない」と解釈することはできません。
個人情報をネットにばらまかれた場合はどうする?
自分の住所、電話番号、氏名などが無断でインターネット上へ投稿された場合は、VPNが使われているかどうかを自分で調査するより、まず証拠を保存することが重要です。
投稿ページのURL、投稿日時、アカウント名、画面全体が分かるスクリーンショットなどを保存し、掲載サービスへ削除を申し立てます。権利侵害が深刻な場合は弁護士への相談や、犯罪に該当する可能性がある場合は警察への相談も検討できます。
発信者情報開示にはログ保存期間など時間的な問題もあるため、深刻な被害では長期間放置せず早めに専門家へ相談することが大切です。
VPNと匿名性についてよくある誤解
| よくあるイメージ | 実際の考え方 |
|---|---|
| VPNを使えば完全匿名 | 接続元IPを隠せるが、他の情報まで消えるわけではない |
| VPNなら絶対に訴えられない | 特定が難しくなる場合はあるが、法的責任がなくなるわけではない |
| VPNを2~3個通せば追跡不能 | 経路は複雑になるが絶対的な匿名性は保証されない |
| 海外VPNなら日本の警察は何もできない | 国際捜査共助などの仕組みがある |
| 警察はIPアドレスだけで捜査する | 端末、アカウント、通信、契約など複数の証拠が使われる |
| 犯罪対策ならVPNを禁止すればよい | 企業・一般利用者の正当な用途とセキュリティへの影響が大きい |
VPNの匿名性について考える際は、「IPアドレスが変わる」という一つの特徴と「人間を絶対に特定できない」という話を混同しないことが重要です。
まとめ:VPNは捜査を難しくすることはあっても「犯罪を無敵にする技術」ではない
VPNを使うと、投稿先のWebサービスから見える接続元IPアドレスがVPNサーバーのものになるため、発信者特定が難しくなる場合があります。海外事業者やログを保持しない事業者が関係すれば、特に民事の発信者情報開示が難航するケースも考えられます。
しかし、「VPNを使えば訴えられない」「VPNを何個か通せば犯罪をやり放題」という理解は正しくありません。IPアドレスは多数ある証拠の一つにすぎず、アカウント情報、アクセス記録、端末、契約・決済関係資料など別の手掛かりから捜査が進む可能性があります。
さらに、海外を経由した犯罪に対しては国際捜査共助の制度が存在し、実際にDoubleVPNやFirst VPNのように犯罪者向けに利用されたVPNインフラそのものが国際共同捜査によって停止された事例もあります。
一方でVPNには企業のリモートワークや通信保護など重要な正当用途があるため、技術そのものを禁止するという単純な対策にはなりにくいでしょう。今後も、VPNそのものをなくすより、犯罪目的のVPNインフラへの摘発、国際協力、不正アカウント検知、法的な情報取得手続などを強化する方向が中心になると考えられます。
インターネット上の匿名性は「特定を難しくする程度」が状況によって変わるものであり、絶対的な匿名性を保証するものではありません。VPNを利用しているかどうかにかかわらず、違法な投稿や個人情報の不正公開には民事・刑事上の責任が生じる可能性があります。


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